schizophrenie


chapterⅤ



再会


再会といっても何も俺とアキラは疎遠だった訳じゃない。
俺もアキラも若い頃からの腐れ縁というか同志だから好きなのは当然だが(嫌と思った事が一度もない。いつだって愛しい。)、お互いの 我侭をお互いどうしようもないのを既に知り尽くしていたからメリットがなければお互い深くは関わらない様にしていた。それが自然なの だと今でも思う。

後年俺とアキラの間に入り込もうとする人もいた。彼は俺にこう聞いた。
「お前が友達や先輩と分かり合うコードっていうのは一体どんなんやねん?」 と。
そんなのある訳なかった。俺達はただ運命によって純粋に自分が生きる為に必要に応じて偶然そこに一緒にいただけだったのだ。
俺にはバンドメンバーが必要だったしアキラもそうだった。その頃俺のボキャブラリーの中に「友達が欲しい」という言葉はなかっし、今 でもそんな風にはあまり思わない。好きなやつはたくさんいるが。
敢えて言葉にしてその「コード」という問いに答えるなら「死線を感じあえる仲」という事にでもなったかも知れない。それもとても限定 された必要性の中での事だ。
しかし事実、その「コードに対する解答」は大袈裟な表現ではなかった。

数年前にアキラから電話がかかってきた。俺はアキラの携帯番号なんて知らなかったから誰からかかってきたかなんて分からず電話に出 た。
その頃俺はある事件のプレッシャーで冗談でなく死線を彷徨っていた。
「はい‥。‥。麻倉ですが‥。」
第一声、アキラはいきなりこう言った。

「おお‥。麻倉か‥? アキラや‥。お前‥何してんねん‥?はよ仕事行けや‥。」

と‥。

俺は仕事は休みなんだと言った。避けられぬ事情で事件を起こしてからまだ一週間ほどしか経っていなかった。事件によって職場を解雇さ れ、事件となった相手側から一千万とか一億とかいう金を(そんな金ある訳ない!)請求され困り果てている時だった。しかしそんな話は せず「仕事が休みなのだ」という事だけをシンプルに告げた。
「おお‥。今日休みか‥。なら奢ったるから呑みにこいや‥。俺今麻倉の小説書こうと思ってんねん‥。奢るわ‥。」
俺は「行く」とだけ答え、用意してアキラのところへ出掛けて行った。

一晩呑んでお互い何を話すでもなく別の人間を捕まえては好き勝手に振る舞い、散々酔っ払って出鱈目な状態になりアキラが経営する小さ な飲み屋まで帰ってくると、アキラはいつもそうする様にその店のコンクリート床に新聞紙を敷いてそこに寝転がり(奥さんから無理矢理 くすねた一万円で飲みに行ったもんだから家には帰れないのだ。その時アキラは奥さんから『今月はもうお小遣いはいりません』と以前に 書いたのであろう誓約書を突き付けられ、それをクシャクシャッと丸めてポイッと口に放り込むとゴックンと飲み込んだ。漫才みたいだっ たが奥さんにとっては当然笑い話でも何でもなかった。)、

「麻倉っ!全部俺に任せとけっ!全部俺に任せとけよっ!」

と「手の付けようのない酔っ払い」の風体のまま叫んでいた。
それは昔一緒にバンドをしていた頃、俺がアキラに繰り返し言った言葉だった。

「おお‥。全部お前に任せるわ‥。」
 
と言って俺は帰途に着いたのだった。
再会した俺達はそういう関係だ。他に言いようがない。


音楽をやっているとこちらには金も何も無いのに目立って素敵な女性が傍にいる時がある。 そこに「女っ気がなければ見向きもしないであろう下世話な輩達」がその女目当てに結構きついアプローチをかけてくる時がある。
結構きつい状況になった事だってある。
若い時には女に泣かれて「守ってやる」等と簡単に言ってしまう事があり、時には「俺の女に手を出したら殺す」位の言葉しか言えない状 況になる時だってある。
金も何もなければ本当にそれ位の言葉しか言えない時というのはある。
それについて責任を感じるかどうかは別にして、その様な状況の中で人の人生に引導を渡し、時にはその相手が廃人同然となり又、どこか でのたれ死んでしまう様なプロセスも幾度か経験して知っている俺達は、普通人が「些細な事」と認識する事態の中にも敏感にシビアな要 素を見い出す。
俺達が「本当に何かを決めた時の危険性」を「自分達自身で重々承知している」という事だ。

俺もアキラもお互い滅多に相手に何かを求めたりしない。
自分で出来ることは自分でする。
力を合わせた方がいい?
冗談じゃない。何のために力を合わせるというのだ?
俺達は今でもお互いの純粋さを守っているのだ。

どちらかが何かを頼むとすればそれは「そうしなければヤバイ」からだ。
その時、相手に「状況によっては命までも求めている」のは承知の上なのだ。
「悪いなあ」と思っているのだ。
でもそんな時は身を寄せて生きているしかない。
俺達が又再び、好き勝手出来る様になるその時まで。